高校時代、進学校にも関わらず、私は何よりも部活が一番でした。
私は軟式野球部のマネージャーをしていました。
高校最後の試合は、今でも鮮明に覚えています。

私の住んでいる地域は軟式野球部の数が少なく、私の高校は県大会ではいつも上位の成績を収めていました。
高校最後の大会、県大会で優勝して、次の大会へ進めればと思っていました。

ところが、大会日程が発表されると、思いもよらない事態へ発展しました。
文化祭と大会が同じ日だったのです。

三年生はマネージャーが3人、部員が7人でした。
しかし、そのうち部員3人が文化祭に出たい為に、退部してしまったのです。
残された私たちは大変ショックを受けました。

高校最後の文化祭と高校最後の試合。
どちらも私たち三年生にとっては最後なのです。
どちらをとっても、どちらかには出られない、まさに苦渋の選択でした。

しかし、戦力である三年生の部員が欠けることは、試合を大きく左右する出来事でした。
私は退部した彼らの気持ちも分かりたいと思いましたが、心のどこかではやはり許すことができませんでした。
彼らがいなければ、県大会での優勝はありえないと思うほど、彼らは重要な選手だったからです。
それと、残ってくれた一・二年生に申し訳ない気持ちでいっぱいだったからです。

部員同士での話し合いもしましたが、彼らが戻ってくることはありませんでした。

とうとう大会が始まり、試合に勝ち進んでいきました。
第三試合が私たちの最後の試合になりました。
マネージャー三人はそれぞれ一回ずつベンチに入ることができました。
最後の試合、私はベンチの中でスコアをつけていました。
ベンチから見る試合、放送席から見る試合、関係者席で見る試合、それぞれが違う景色です。
中でもベンチで見る試合は特別です。
選手たちと一緒の空間にいることで、緊張感、熱気、全てがダイレクトに伝わってくるのです。

最後のバッターは三年生が抜けたことで、選ばれた二年生でした。
九回裏4対3、空振り三振で最後の試合は幕を閉じたのです。
私は悔しくて悔しくて、涙をこらえるので精一杯でした。
ラストバッターの二年生は泣いていました。
「すみません」と言いながら泣く彼に、言葉をかけることさえ私にはできませんでした。
空気を変えたのは、残った三年生のうちの一人の言葉でした。
「ありがとう。楽しかったね!」
みんなが悔しさをこらえ、泣いている部員もいるなか、彼だけが笑っていました。

片づけをしながら、私は彼に「マネジャーなのに何もできなくてごめんね」といいました。
彼は一瞬驚いた顔をした後すぐ、笑顔になりました。
そして「いつもありがとう。ここまで試合できて楽しかった。」といい笑ってくれました。
その瞬間なんとも言えない気持ちになり、私もつられて一緒に笑っていました。

あの時、文化祭と大会日程が被らなければ部員が辞めることはなかったでしょう。
試合ももっと上の順位までいけたでしょう。
でも、それがなければ、私は負けた試合で笑う事はなかったと思います。
負けたけど、その日まで試合ができたという事に感謝することなんてできなかったと思います。
私の高校生活で一番素敵な思い出です。